【映画メモ】エリジウム/未来も世界はフラット化しない
実家に戻ってのフリーランス生活。なかなか思うように進まないことも多くあります。
そんな中、昨日は友人からイギリスの若者も親との同居が急増しているようだよ。ということを教えてもらいました。
「実家を出て自分自身の家に住むことは、これまでは誰もが経験する通過儀礼だった。けれども、この統計から明らかなように、現在のイギリスでは、若者が親元を離れて自立することが困難な状況だ」
私の場合は自分の意志で実家に戻ったとは言っても、親に甘えさせてもらっているおかげで今の生活が成り立っているところもあるので、他人事ではありません。ちゃんと徐々に売上も上がってきて自立してやっていけるのかは不安なところです。
友人にはそのように記事の感想を伝えると、未来のテクノロジーを予測している“エジソンの正当な跡継ぎ”とも呼ばれているカーツワイル氏によると、それらの不安はテクノロジーの急速な発達により解決される!という記事が送られてきました。
レイ・カーツワイル インタビュー | 特異性の時代を語るフューチャリスト
飢餓も病気も無い世界
カールワイツ氏の主張を簡単にまとめると、テクノロジーの成長曲線は現在急激に上昇する局面に差し掛かっており、その結果、遺伝子情報が解読され治せない病気はなくなり、ナノテクノロジーの発達で食物も自由に生み出せるようになる。そして、これらにかかるコストも劇的に安くなるので(コンピューターが昔では考えられないような破格で現在は手に入れられることが出来るように)世界から病気と飢餓はなくなる = 私が最初に言ったような生活するためのコストが激的に安くなり、不安も取り除かれるというものです。
そんな世界はもう目の前にまで来ている
一見、夢物語のような話ですが、そうでもないのではないかと思っています。
例えば飢餓に関してですが、世界の飢餓はカロリー量的には既に解決されています。つまり、人口に対して食べ物が足りていないわけではありません。
これは脳機能学者のDr.苫米地氏の著書「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」(タイトル通り立ち読みさせて頂きましたw)の中でも書かれており、人間にはDNAレベルでの飢餓に対する恐怖心があるので、やりたくもない仕事をしてしまったりするが、カロリー量的には飢餓は解決されているので不安にならなくても大丈夫だ!というような内容です。
映画の中に見る老いや病から解放された世界
そして、病気の無い世界のイメージとしては映画「エリジウム」の中ではどんな病気や怪我も治してしまうカプセル型のベッドが登場します。
末期の白血病も5秒くらいで治ってしまいましたし、主人公によって手榴弾で顔を吹っ飛ばされた悪役の親玉も脳が無事で命はあったため、数秒で元に戻ってしまいます。
こんな万能ベット、世界に1つしか無い設定なんだろう。と普通の人なら思いますよね?しかし、エリジウムにはこのベッドが一家に一台あるんです!w
たぶん、カールワイツ氏の予想のように未来の世界では、こんなミラクルベッドの開発もコストが下がって大量生産されているのでしょう。
エリジウムの世界では万人が老いも病気もないのか(ネタバレあり)
しかし、エリジウムというのは少数の富裕層が住む宇宙コロニーで、一方地球はというと大気汚染や人口爆発によって生活環境は悪化。病気やケガだらけです。
そんな地球で生まれた主人公たちが反乱を起こし、地球の人たちもエリジウムの恩恵を受けるという話なのですが、ラストはエリジウムのシステムが地球に病気やケガの人が大量にいるので、先程紹介した「万能ベッド」を地球に送り出し、みんなが治療されていくシーンで終わっていきます。
つまり、最初から地球にも地域に数台の「万能ベッド」があれば、地球の人たちも老いや病気から解放されていたということになります。
しかし、なぜそうはならないのか!?実はDr.苫米地氏の飢餓の解決の話には続きがあります。
飢餓の原因は食物の量だけではない
最初に書いたように、現在では世界の飢餓はカロリー量的には解決されています。食べ物の量は足りているはずなのに、なぜまだ飢餓に苦しむ国や地域は多くあるのか…。それは飢餓の原因にはカロリー量的な飢餓だけなく、「政治的な飢餓」があるからです。
いくら食物の量が足りていても、それが世界に満遍なく行き渡らなければ飢餓は無くなりません。しかし、世界各地で戦争や内乱が続いているため、飢餓は無くなっていないというのが現実です。
エリジウムの世界でも、全人類が健康的に生きていくためのテクノロジーや物資があるにも関わらず、地球とコロニー間で格差を生じさせることによってエリジウムの平和が保たれていたような側面もあるので、恵まれた環境での生活は少数の富裕層に独占されていたのでしょう。
未来の世界はフラット化するのか
このようにテクノロジー的な側面だけをみればSF的な夢物語のように思われていることも、何十年か後には実現している可能性は大いにあるのではないかと思います。
しかし、その時にその技術の恩恵を満遍なく受けられる世界になっているのかと考えると、それが実現するのにはテクノロジーの発展よりも時間がかかるような気がしてなりません。